毛利悠子のプラスチックフォレスト[ロンドンからニューヨークへ編] (4)

アーティストの毛利悠子さんの連載「毛利悠子のプラスチックフォレスト ロンドン編」の4回目です。ロンドンから日本へ一時帰国した後、初個展開催のため1年半ぶりにニューヨークに滞在した毛利さん。オープニングの前日、アメリカ大統領選でドナルド・トランプ大統領が誕生する事態に静まり返るギャラリー。そんななか毛利さんは新たな作品を追加して無事個展をオープンさせたようです。

 チェルシーにあるJane Lomberd Galleryでの個展の準備のために1年半ぶりにニューヨークを訪れました。昨年は6か月にわたるレジデンス滞在、住むにはいろいろと大変そうな街だけど(詳しくは昨年の連載「プラスチックフォレスト ニューヨーク編」をご覧ください……辛そうな日々が綴ってあります・苦笑)、美術家としては1年に1度は訪問して、そこで起こっているアートやカルチャー・シーンを体験するべきだと思っていたので、今回仕事で再訪できるということは自分のなかでも相当大きな出来事だった。
 ギャラリー・オーナーのジェーンさんとの出会いは、ガヴァナーズ・アイランドで行なわれたLMCCのオープン・スタジオだった。ジェーンさんとシニア・ディレクターのリサさんは、私の作品を見るなり「何かできたらいいよね」と声をかけてくれて、それが今回の個展の機会へと発展していったのだ。
 ニューヨークでの初個展となれば、まさに作家としての腕試しの場所といえるだろう。気合いは充分でなければならない。とはいえ現実は、ロンドンでのアーティスト・イン・レジデンス中にニューヨーク個展の準備を強いられるという、慣れない土地での制作となり、かなり気を揉むものだった。1週間だけあった日本への一時帰国の際は、その埋め合わせをするべく、発注した素材のチェック、テスト、作品の発送に追われました……。そんな時でも、東京の美味しい美味しいごはんを食べまくることが、ホントにプレジャーっす。

東京のスタジオ近くにある日替わり定食屋さん

 日本に帰ってきてからは、興奮した気持ちとプレッシャーとで、毎日なかなか寝付けなかった。ロンドンとの時差ぼけもあって、風呂にゆっくり浸かったりメラトニンを飲んだりしてなんとかゆっくり睡眠をとろうとしても、朝の4時に目が覚めてしまうのだ。そしてニューヨーク、インド、東京、ロンドン……と続く展覧会の構想で眠れなくなっていく。そして、時差の関係でちょうどワーキングタイムであるニューヨークとのやりとりのためにコンピュータを起動し、そのまま打ち合わせを始めるのだった。
 いよいよ作品インストールのためにチェルシーに通いはじめたころには、その混沌とした不安定な気持ちがパァ~ッと一気に晴れてアガッタ! チェルシーといえば、これまで一観光客としてしか訪れたことのなかった場所だ。こんな場所で作家として毎日活動できることに、心底うれしくなった。とはいえ準備はそうそう気が抜けない。
 ギャラリーでは、オペレーション・マネジャーであるコートニーさんが全面的に制作のサポートをしてくれた。実は彼女は私と同世代の彫刻家。このギャラリーで週に4日、作品管理の仕事をしている。ニューヨークには若手の作家が山ほどいる。彼らが自分の作家活動だけで食べていけない時は、たいてい先輩アーティストのアシスタントやギャラリー専属の設営スタッフなど、山ほどもあるアート関係の仕事に就きながら活動を続けていくことになる。日本では、美術学校を出たあとに実践と金銭をともなうアート関係のアルバイトが少なかったので、こういったインスパイアや技術を得られる仕事がある環境が羨ましい。一方、そこからフルタイム・アーティストになるまでの道のりが相当にコンペティティヴでもあるのも事実だ。
 コートニーさんとの仕事はもちろんはじめてだ。会った初日はどういう人柄なのか、おたがい様子を探り合っている感じだった。彼女は、私がオーダーした大きな木製パネルを一生懸命制作してくれたのだが、切れ端がグニャグニャになっていて、とても作品として使えるものではなかった。あとから考えると、ニューヨーク初個展ということもあって、私は異常に気が張りつめて、焦燥感から彼女を急かしまくっていて、それが彼女へのプレッシャーになっていたのだった。ホントに申し訳ない……。次の日からは私も落ち着いて、彼女もパネルをバッチリとソリッドに仕上げてくれた! これでようやく前に進めた。
 彼女はとても責任感が強く、私がやりたいことをしっかりと理解し、パートタイムのCJさんとトムさんのスケジュール管理もしてくれた。そして2週間の設営のあいだ、1日たりとも休まずインストールの手伝いをしてくれた。これには本当に頭があがらない(アメリカの人たちは全員、もっと積極的にホリデイをとるものだと思っていました……)。そのおかげもあって、オープニング2日前には、満足のいく展覧会になるだろうというほのかな匂いが漂いだし、私は興奮を隠せなかった。
 そしてこの日はアメリカ大統領選の日でもあった。翌日未明、新大統領はドナルト・トランプになった。

朝に投票を済ませた、リサさんとブリジットさん。胸に「I voted」というステッカーを貼っている。この日はみんなが誇らしげにシールを貼っていた。

 世の中は本当によくわからない。
 数日前の予測では、ヒラリーにほぼ決定と報道されていたため、ギャラリーのスタッフをはじめとするニューヨークのヒラリー派は”女性初”の大統領の誕生を確信しきっていた。「選挙の結果によっては、明日ギャラリーに来れないかも~」なんてスタッフたちが冗談を言い合っていたことを思い出して、一瞬ホントにそんなことになったらどうしようと不安になった瞬間もなくはなかったが、まさかの結果だった。
 この日は、私の展覧会オープニング前日なのだ。ギャラリーに着くと、みんななんとか仕事に来てくれていた。ただ、お葬式よりも暗い、とてつもない絶望的な空気が漂っている。何人かは徹夜で選挙報道を見ていたのだろう、目の下にはクマができ、小さい子供を持つリサさんは涙目になっていた。予報では晴れだったはずなのに、その日は暗い雨が降った。
 圧倒的な絶望の空気のなかで、私はなにができるのだろう……。いや、なにも特別なことができるわけがないのだ。ただ、淡々と仕事をするしかない。だけど、サウンド・インスタレーションが醸し出すささやかな音すら、今は出すのをはばかられるくらい、ギャラリーの雰囲気は落ち込んでいる。
 午後になって、ふと、作品をひとつ付け加えようと思いついた。大きな作品ではないけれど、そこらへんに棄ててあった廃ケーブルを使って彫刻をつくり、その上にLEDがついた鉄道模型用の街路灯を載せたものだ。廃ケーブルに微弱の電気を流しておくことで、風や振動でケーブルが触れ合うと小さな街路灯の光がチラチラと光る仕組みになっている。この作品シリーズ《アーバン・マイニング》は、震災以降、いつまでも続く放射能汚染の情報を隠蔽する日本政府に幾度となく裏切られた気持ちにさせられ、絶望的になっていたときに作りはじめたものだ。設営スタッフは、この小さな作品を一から一緒につくってくれた。夕方の最後のツメの仕事に入るころには、スタッフたちの表情は少しずつ柔らかくなっていった。その様子を見て、手を動かすことを止めないことは大切なのだとあらためて思った。

個展「Form of Daze」のオープニング

 オープニングには、予想を遥かに越えた人々が集まって驚いた。私は興奮と疲労とお酒により、例のごとく後半はなんの記憶もない……。まあ、でも、こんな夜くらいは酔わせてください。
 ジェーンさんやリサさんから感謝の言葉をもらい、準備をやりきれたことに少しだけ自信を持てたような気もする。そして、コートニーさんからかけられた「今回の設営に関われて本当に楽しかった。自分にとってもインスパイアがあったわ! 4年ここで働いてるけど、こんなこと滅多にないのよ!」という言葉がなによりもうれしくて、泣きそうになった。

毛利悠子のプラスチックフォレスト[ロンドンからニューヨークへ編] (4)