毛利悠子のプラスチックフォレスト[ロンドンふたたび編] (6)

アーティストの毛利悠子さんの連載「毛利悠子のプラスチックフォレスト ロンドン編」最終回です。年末年始は京都と滋賀でリフレッシュした後、東京都現代美術館・深川エリアでの新作展示で仕事始めをした毛利さん。個展のため訪れたロンドンでのラウシェンバーグの回顧展は自身の新作を見つめ直す機会となったようです。その後は次の企画のためにフランスへ。一人フレンチもしたり。毛利さんの旅はまだまだ続きます。

白装束で京都の年越しするジュリアとロドリゴ

 ついに最終回になってしまいました。前回が「ニューヨーク日記」、今回が「ロンドン日記」ということでしたが、2016年の最後にインドで劇的な体験をし、お正月を京都と琵琶湖でゆっくり過ごしたりと寄り道をしたあと、1月末からロンドンを再訪しました。今回の目的はWhite Rainbowというコマーシャル・ギャラリーでの個展の準備のためです。

 が、その少し前にお話を巻き戻します。
 今年は人生で初めて、京都で年越しをした。というのも、White Rainbowのディレクターでブラジル出身のジュリアちゃんが親友のロドリゴくんとホリデイで日本に来るというので、京都の宿泊先などを調べていたところ、私自身もがぜん興味が湧いて、ついでに一緒に過ごすことにしたのだ。
 2月8日からはじまるロンドンでの初個展にむけて、お正月にいろいろ作戦を練ろう!と言ってはいたものの、実際に京都で会った時にはおたがい気持ちが盛り上がりきって、あっという間に仕事そっちのけになってしまった。鴨川沿いのお豆腐屋さんで日本酒をいただいたり、裏路地のバーでジントニックやハイボール、ビールを飲んだり。京都名物のドラァグクイーン紅白歌合戦に遊びにいくころには、私はすっかりデキあがってしまっていた。そこからさらにテキーラを3回ショットしたものだから、この日の記憶はここからまったくなくなった。うっすらと覚えているのは、パラモデルの林さんにコンビニ袋をもってきてもらって、そこに……(後はご想像におまかせします)。まあ、それくらい盛り上がったのだった。
 大晦日は、ジャーナリスト・編集者の小崎哲哉さんに吉田屋料理店の年越しパーティーに誘っていただいた。ジュリアとロドリゴは全身真っ白の衣装で現れた。全身白い服を着るのはブラジルの年越しの風習だそうで、かっこいい。たいへん美味しいおせち料理をフライングでつまみながら、山本精一さん、高谷史郎さん、FMN Sound Factoryの石橋さんらとひさしぶりにゆっくりお話ができた。そして、夜中のうちに初詣をしてしまおうということで、下鴨神社でお参りした。京都といえば、1年中どこもかしこも激混みというイメージだったけど、実は年末年始はそんなでもないことに驚く。あの、外なのに満員電車のようなイメージの哲学の道も、穏やかな天気のもと、ゆっくりと過ごすことができた。 

 年末年始にリフレッシュしたおかげで、年始からの仕事はとても好調にスタートした。ロンドンに行く前に、東京都現代美術館の「MOTサテライト:往来往来」展の作品設営にとりかかる。東京都現代美術館は館内のリニューアルのために昨年から一時閉館しているのだが、その間に江東区、深川の地域にある空き家などを使って展示をする企画だ。
 キュレーターの藪前知子さんとは、いままでに何度か仕事したり、2013年にはドイツのカッセルで開かれる国際展「ドクメンタ」に一緒に遊びに行ったり、今年の夏に開催される「札幌国際芸術祭」でもゲスト・キュレーターだったりと、遊びでも仕事でも一緒になることがなにかと多い人。時には知性に溢れ、時には地元のヤンキーのようにビシッと筋を通す、私が尊敬する人の一人だ。
 私の会場となる場所はもともと畳屋さんだったのだが、そのテナント大家さんは偶然にも、10年以上前に元浅草で事務所をシェアしていた写真家の藤田慎一郎さんのご実家だった。ひさびさの再会に嬉しくなる。藤田さんの息子さんや娘さんは真冬でも薄着で外を駆けまわり、すくすくとしていてかわいい。そんな理由で、とても楽しみな現場だった。
 昨年の暮れ、藪前さんと深川エリアを散歩しながら、平賀源内の石碑を見に行った。江戸時代、この深川で平賀源内がオランダから輸入したエレキテルを復元したという。エレキテルとは摩擦起電器のことで、ハンドルをまわすと電気を放出するものだ。普段から電気装置で作品を制作している身としては、この土地にぐっと磁場のようなものを感じる瞬間だった。また、会場の裏に拡がる墓地も覗いた。そこには、綺麗に並んだ、わりと新しい石のお墓が拡がっていた。関東大震災後にたくさん亡くなった人たちを弔うため、江戸時代にあった野墓地にかわって(そのころの墓石はほぼ地震で崩壊した)東京市の要請と指導により一区画にまとめられたのだという。そのあまりに大きいお墓の集合住宅のような景色は、谷中墓地を見慣れている自分にとって異様なものだった。しかしながら、藤田さんたちにとっては幼少期からの遊び場だったという。当時、材木屋が多くならんだ土地のため震災の被害は大きかっただろう。会場となっているもと畳屋さんの物件も、その前は材木屋だったらしい。そういえば天井はとても高くて、長い木材もゆうに入る設計だ。このように、さまざまなインスピレーションを受けたことで、今回の展示用に、実験的で、これまで手がけたことのない作品をつくりたくなってしまった。ロンドンへ向かう前にそんな時間あるのか……?
 でもやるんだよ!と、結局、右往左往しながら新作をつくった。ロンドン出発前日の夜中まで微調整をして、そこから荷造りし、朝に羽田へ向かった。疲れたが、空港で飲むビールが美味しかった。

ギャラリーで木のフレームをインストール

 ロンドンに到着してから、現地で準備してもらっていた木フレームの位置を決め、それをインストールしてもらっているあいだに、まずは美術館を観てまわることにした。テート・モダンでは、大好きなロバート・ラウシェンバーグの回顧展が催されていた。写真でしか観たことのない作品もいくつかあって興奮する。
 大きなガラスの水槽いっぱいに入った泥がスピーカーからの音によってブクブクとしている《Mud Muse》という作品を観て、そのブクブクぶりにしばらくぼーっとした。そういえば、私が「MOTサテライト」展に出品しているスカルプチャー作品も、音は鳴っていないが、アンプを通して音をケーブルの束に送って磁力を発生させるために音楽を使っている。最後の微調整の段階で、そのアンプや、音楽を再生するiPodを隠そうか隠すまいか悩みに悩んだ末に、結局、黒い箱を被せてしまっていた。《Mud Muse》を観ていると、その選択が正しかったのかどうかがだんだん不安になってきた。ブクブクした泡が「もーりちゃん、そりゃーダサいことしているね~」と言っているべとべとの口のように見えてくる。さらに、どろどろの泥のプールの奥にシャキッと佇むヴィンテージの大きなオーディオラックは、妙にクールに「クククッ、ダサいなー」と嗤っている。
 そうだった。自分は10年ほど前、遊園地のおばけ屋敷のようにエフェクトだけを見せて装置そのものは隠すようなインタラクティヴ作品の多さに辟易して、「No More Blackbox!!」なんて息巻いて、作品に使うすべてを包み隠す行為をいっさい止めたはずだった。いやいやいや! これはもうiPodを隠すのは完全に間違っている!と確信し、その場で藪前さんに電話をして箱を撤去してもらった。そのことで、出発前の夜中から引きずっていたモヤモヤした何かが、雲が晴れるように消えていった。
 そして、この作品に《Voluta》というタイトルをつけた。ラテン語で渦巻き状のことで、弦楽器のヘッドの部分にあるクルクルッとした部分もVolutaと呼ばれている。これもまたロンドンで突然思いついたので、藪前さんに電話で伝えた。どんだけ遠隔なんだと自分で呆れてしまうが、本当は、新作をつくってからはしばらく距離を置いて、細部やタイトルを考えるくらいがちょうどいいものだったりするのかもしれない。締切ぎりぎりまで制作し、最後にタイトルや作品にまつわる思考を充分に煮詰めることができないまま発表の日を迎える、という流れになりがちななかで、偶然にもこうして手を離れてからゆっくり考える時間的余裕ができたことで、今回はよい方向に向かったと思う。そして作品自体も断然充実したと思う。ラウシェンバーグさん、ありがとう!(会期はまだはじまったばかりなので、ぜひ観にきてください~! MOTサテライト 2017春 往来往来)

MOTサテライト展で展示中の《Voluta》

 さらにもうひとつ、ラウシェンバーグから学ぶことがあった。偉大なアーティストは一粒で何度も美味しいのだ。
 ロンドンでの作品制作の材料となるモノを触りながら、初めての個展に気持ちがそわそわしていた。そして昨年末のニューヨークの個展を振り返り、あの時に自分にできなかった、足りなかったものはなんだろうと考えた(逆に言えば、何かが足りなかったという気持ちが拭えなかったのだ)。
 ラウシェンバーグ展の会場は結構なボリュームなのだが、あまりにも興奮した私は、なんと会場を3周もした。そして気づいたことがあった。毎周毎周、それぞれの作品に発見があるのだ。これには驚いた。大きなオブジェから小さな皺まで、発見とともにスリリングな気持ちになる。きっと、ニューヨークの時にできなかったことは、これだ。モノとの対話、トライ・アンド・エラー、自由な発想、そこから見えてくる複雑さ……作家が死んでもなお、作品群から読み取ることができる豊かさ。元気になった私は、モリモリと作品制作にとりかかった。
 ベルリンでへギュ・ヤンの制作アシスタントをしている多摩美時代の同級生アツが、インストールの応援にきてくれた。《モレモレ》は、事前の設計図やドローイングは一切なし、というのがコンセプト。その土地で集めた材料を使って、人工的に起こした水漏れを修繕しながら「即興」で作品を制作していくのだ。頭の中では「モノとの対話を自由に」というマントラが流れていた。その経緯は、きっと複雑になるに違いない……。
 休みを入れずに朝から晩まで作り続けて、なんとか初日を迎えることができた。オープニングには200人を超えるお客さんが来てくれた。前回この日記にも登場したリチャード・ウェントウォースさんも来てくれた。モノ、言葉、歴史について話し出したら止まらない、そして状況フェチのド変態リチャードさん(普段面白い景色を見つけたら、すぐにiPhoneから送ってきてくれるメル友だ)。「このオブジェクトをよく見ると、共通点がある。このバケツ、じょうろ、プラスチックのケースにしても、すべてヘコんだ筋があるでしょ。これは、洋服のそでの先の折り返しのようなもので、モノを頑丈にするため発明されたことなんだけど、なんだろう、こうしてみると悠子のオブジェのセレクトは結構男性的ともとれるな」という、さすがの細部への目配せ。尊敬するリチャードさんから、思いもよらない「発見」のコメントをもらって、とても嬉しくなった。オープニングにはフライング・リザーズのデイヴィッド・カニンガムさんも来ていて、緊張した私はあなたの音楽が好きですとも言えずについついどうでもいい話で盛り上がった。

White Rainbowのみんなとご飯

 オープニング・パーティを無事に終え、フランスに向かった。目的はメッスとパリとリヨンでの打ち合わせ。3泊4日で全部まわったので、リヨンでの最後の夜は制作の疲れと重なってヘトヘトになっていた。
 グルメの街といわれるリヨン。ここでフランス料理を食べて帰らないとと、打ち合わせ相手におすすめのレストランをいくつかリストしてもらう。一番近所の店に行ったところ、なんと予約で満席! 「お客さま申し訳ありません、でも今日はバレンタインデーの前日で……」。とてもイヤな予感がしたが、案の定、教えてもらった店、歩きながら見つけた店、すべて予約で満席! 異国の地で、見事にバレンタインデー難民となってしまった。おなかも減りすぎ、目もくらんできたので、もうどこでもいいからフレンチ!と、あてずっぽうに入ったところ「はい、間もなくお一人さまの席をご用意します」との返事をもらった。やった! しかし、安堵もつかの間、通された店内の調度の高級なこと。椅子もテーブルも座っているカップルも上品極まりない。イケメンのギャルソンやソムリエがたくさんいる。席についたところで、左側にある棚の上に数々のミシュランの人形がならんでいるのをみて、冷や汗をかいてしまった。もしや、とんでもない高級店に一人で入ってしまったのか。しかもバレンタインデーの前日に! 札束が飛んでいく映像が頭に浮かぶ。だが、メニューをみたところ、痛手の出費ではあるけれどがんばれば払えないわけではない値段だったので、開き直ってリヨンの食事を楽しむことにした。湯山玲子さんの「女ひとり寿司」ならぬ女ひとりフレンチだ。出てくる料理はどれも美味しい。ひとりなので当然ながらおしゃべりしない食事なのに、2時間たっぷり楽しめた。美味しい食事に優雅なイケメン給仕……自分へのご褒美としては、ホストクラブに行くよりも充実するのではないだろうか。

メッスの教会にあるジャンコクトーがデザインしたステンドグラス

リヨンの夜景

毛利悠子のプラスチックフォレスト[ロンドンふたたび編] (6)