毛利悠子のプラスチックフォレスト[ロンドン編] (3)

すっかり街は冬模様のロンドンの「フリーズ・アート・フェア」週間にて、急遽カムデン・アーツ・センターでオープン・スタジオをすることになった毛利さん。スタジオを訪れたアーティストのリチャード・ウェントウォースさんとの対話やノートに書き留められた言葉から、アーティストの思考のめぐらせ方について思うこととは。

オープン・スタジオで発表したスプーンとベルによるプラクティス

ひと月前までは100年ぶりの猛暑だったロンドンも、このところぐっと冷え込んできた。少し前まで、ノースリーブを着ている人とダウンコートを着ている人が入り乱れる異様な街の様相が、すっかり冬服模様になってしまった。その景色はすでに年末を思わせる。あの、夏に対して免疫がないロンドンの景色は面白かったなー。あきらかに汗がダラダラと流れているけれども、季節的には冬だからとコートとマフラーを装着する感じ。しかも、ロンドンの人は冬服の着こなしがオシャレな人が多い。これからはじまる長い寒気をどのように楽しく過ごすかというのがファッションにもにじみでているような気がする。
私は、コートの代わりにウサギの毛皮のマフラーだけは持ってきていた。それを何となく首にまいていたら、待ち行く人がどうもジロジロみている。カムデン・アーツ・センターのスタッフのソフィーに「びっくりした! 動物をだっこしているのかと思った」と言われて、ここは毛皮を着ることがあまりない場所であることに思いいたった。みんな水鳥の羽が入ったダウンコートやレザーのブーツは履いているのに! どうやら、動物愛護的な考えよりも、単に怖いという理由もあげられるそうだ。なるほど……。 

先週はロンドンのアート雑誌『フリーズ』が開催する「フリーズ・アート・フェア」の週だったので、どこもかしこもたいへん忙しそうだった。アートフェアの会場だけでなく、各ギャラリー、美術館、非営利のアート施設が一斉にオープニングを催し、海外からもたくさんのゲストが訪れ、アート界隈の人々は毎日パーティーをハシゴするのだという。お酒好きの私も、当初は、カムデン・アーツ・センターのみんなについていってその空気を味わおうかなんて考えていたが、急遽、この“フリーズ・ウィーク”に合わせるかたちでオープン・スタジオをすることになり、その準備に追われることになってしまった。いや、「なってしまった」というと余計なことのようだがそうではなく、これはフリーズのVIPたちがツアー形式でカムデン・アーツ・センターを訪れるタイミングなので、願ってもない貴重なミーティングの機会になるのは間違いないことだった。
 ちょうどスタジオに通いはじめてひと月が経過し、制作環境がだいぶ整い出したころだったので、むしろ手を動かすのが楽しく、作品のタネのようなものが次から次へとできあがってきていた時期でもあった。まったくの新作を制作するのは、時間的にも厳しかったので、こういった作品未満のいくつかのオブジェを立体的なドローイングとして発表できないかな、などと考え、前日まで制作に勤しんだ。
 だが、ずっと根を詰めて作業していたためか、肝心の金曜日のパーティーの時にはすでにヘトヘトな状態で、無料で配られるシャンパンを飲んで盛大に酔っぱらってしまい、まともに人とお話ししないまま帰路へ着くという情けないありさまとなった。たくさんのゲストが来ていたみたいだけれど、あまり記憶もなく、こういう時にチャンスを逃しているのかな~などと思いつつ、制作物にはそれなりに納得がいったので、まあ、それなりに満足したオープニングだった。そして後日、私がシャンパンを飲み飲みお話ししていた──その時の会話のほとんどを覚えていない──方が、某美術館の元館長さんだったことを知り、愕然とした(笑)。
 “フリーズ・ウィーク”のオープン・スタジオは週末のみだったが、次の週からは、個人的にさまざまな人がスタジオ・ヴィジットに来てくれた。音楽家であり批評家のデイヴィッド・トゥープさん、アーティストのリチャード・ウェントウォースさん、ロンドンを拠点に活動するアーティストの中島吏英さん、また、非営利のアート施設のディレクターなどなど。

スタジオの中のリチャード・ウェントウォースさん

 リチャード・ウェントウォースさんは、バケツやステッキなどのファウンド・オブジェクトを使用する1947年生まれのイギリス人アーティスト。かつてトニー・クラッグやリチャード・ディーコンとともに「ニュー・ブリティッシュ・スカルプチャー」なる括りがされたこともある。日本ではあまり紹介されていないが、現在も第一線で活躍している。彼はスタジオに入るなり「僕たちは子供だよね!」なんて言いながら、小さく動きまわる私の作品を観てまわっていた。そして「Stuff Happens(そんなことも起こるだろうさ)」という言葉をノートに書いた。最初の感想でこの言葉を使うというのが、ちょっと面白い。「モノが自律的に動いている」という意味で「Stuff Happens」を使っているのか、それとも、(あとで調べて知ったのだが)過去に戦争集結宣言後のイラクで起こった武力勢力の攻撃についてコメントを求められたラムズフェルド国防長官が「そんなことも起こるだろう」とこの一言で済ませたかのように使ったのか。そこから一つの言葉にまつわる話は意外にも言語学(linguistics)を切り口に説明してくれた。イギリスが持つ言語の種類の背景を、リチャードさんの主観でカテゴライズしているものだった。つまりひとつの言葉からどのような意味合いが連想されるのか、誠実さと差別と偏見と歴史によって意味がさまざまに広げられていく(それがまた面白い!)。リチャードさんは、モノを使って彫刻やインスタレーションをする人なので、自分とおなじようにモノありきで思考をめぐらせる方だと勝手に思っていたら、実は言葉の人だったのだ。
 思考のめぐらせ方といえば、いま、スタジオの横のエキシビション・スペースでは、マット・マリカンが大きな展覧会をしている。その莫大な量のドローイング、フラッグ、オブジェ、パフォーマンスからはマットさんがどのように(アーティスト・トークで言ってのはたしか、色、記号、図像とあとなにかもうひとつ──すいません、忘れてしまった──の要素で)世の中を見る“セルフ百科事典”といえるもので、それをアーカイヴのように展示している(かつてカムデン・アーツ・センターは図書館であったという歴史も踏まえられている)。彼の独自の調査方法や思考のめぐらせ方が作品に出ていて、たいへん面白く感じていたところだった。

マット・マリカンさんの展示風景

 リチャードさんは、私への「個人授業」(もう、そう呼ばせていただきたい・笑)の中で「アーティストは、とても保守的だ(Artists are very conservative)」という言葉を残していった。この、一見するとアーティスト活動とは対局である姿勢にも読める言葉は、次の会話へと続く。「なぜなら、アーティストのマインドがあるからだ(Because artists mindとノートには書いてある)」。ここでいうマインド(精神)には、「Caring(思いやり、気遣い)」と「Cherishing(大事にする、胸にしまっておくこと)」という言葉が関わってくるという。誰も求めているわけではなくとも、自分が大切にしていること、モノ、出来事を探しつづけ、大切にしまっておくこと。そしていずれはそれらを大きな物事につなげていくということ。アーティストの場合はその行為こそが作品なんだ、と私は捉えた。たしかにアーティストの精神を突き詰めていくと、保守的とも言える。そして同時に、この個人授業が秘儀の伝授(イニシエーション)ではなく、開かれた対話のもとでされたのも大事なことだったと思う。

 アーティストは、世の中をどのようにみるか、そのまなざしを形にしていくことが仕事だ。その対象は、果てしなく広く終わりがない。このレジデンスが来週終わったら日本に帰国し、翌月にはニューヨークでの個展、そして翌々月はインドのコーチ = ムジリス・ビエンナーレと、準備が忙しい日々が待ち受けている。そこでは母国とはまったく違うやり方で仕事を進めていかなくてはならないし、その条件でどうやって作り上げていったらいいか、完成するのか、生活が違うのに身体を壊したりしないだろうか、もしくは健康になっちゃったりするのか、暮らしていけるのか、本当にまだまだ知らないことばかりだ。
 しかし、リチャードさんとのやりとりで、アーティストの仕事は非常に個人的なものだということを、なにか覚悟のようなものとして心に留めた。

自分の制作風景を近藤亜樹ちゃんに撮影してもらった写真

 去年のboidの日記で、ベルリン動物園にいるヒヒの話をした。ケージの中のヒヒの群は食事で与えられるフルーツの盛り合わせを手でつかみ、歩きながら食べていく。ヒヒ全員が食べかけを歩きながら置いていき、また偶然に拾ったものを食べていくので、カラフルなフルーツのカケラがケージの中いっぱいに拡がっているのだ。その景色は美しく、おかしかった。亜樹ちゃんに撮影してもらった写真をみて、自分のスタジオもそんなふうにみんなに見えたらいいな、と思った。

毛利悠子のプラスチックフォレスト[ロンドン編] (3)