毛利悠子のプラスチックフォレスト[ロンドン編] (1)

アーティストの毛利悠子さんの連載「毛利悠子のプラスチックフォレスト」、今年7月からのロンドン編が新たにスタートします。NY滞在記とはまた違った毛利さんの視線の矛先、今後の活動の行方をboidマガジンに半年間寄稿していただきます。レジデンス・プログラムで滞在した膨大なコレクションを誇るヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアムでのリサーチは、次回のプロジェクト先でもある南インドのコレクションからはじめることにしたようです。

V&Aのメインエントランスの外観。エントランスはフリーです!

たいへんごぶさたしております。昨年の「毛利悠子のプラスチックフォレスト~ニューヨーク編」に続き、今年は「ロンドン編」をお送りすることになりました!\(^O^)/
前回のニューヨーク同様、アーティスト・イン・レジデンスのプログラムでロンドンに滞在中なのですが、今回は最初にヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアムでリサーチ、次にカムデン・アーツ・センターで作品の制作とオープン・スタジオ、最後に、これは来年になりますがホワイト・レインボウというギャラリーで展覧会と、3つの場所で仕事をしてゆく、少しユニークなプログラムになりました。今は、その最初のフェーズにあたるV&Aに滞在し、はや1か月が経とうとしているところです。

* * *

あー、ホントにあっという間に、ロンドンに着いて4週間が経ってしまった……。

7月8日、ロンドンに到着したわたしは、珍しく風邪をひいてしまったのだった。 昨年のニューヨーク滞在の終了から間髪入れずに表参道スパイラルの25周年企画や日産アートアワード、さらにいくつかの個展と、大切にしたい仕事が立て続けにあり、風邪をひく隙すらない状態だった。身体の中のリンパというか、血管というか、気持ちというか、気みたいなものが、ゴム風船のようにパンパンにふくれあがった状態が続いていたのだろう。ロンドンに着いた瞬間、それがひゅ~っと抜けきってしまい、すっかり風邪をひいた──ような気がする。
ロンドンの最初の滞在先はサウスケンジントン駅にあるV&Aから徒歩15分ほどの、閑静な住宅街だった。中心街という共通点はあるものの、ニューヨークはグランドセントラルのアパートメントで延々と聞かされた、マトリックス状にならぶ室外機による天然イントナルモーリとは大違いだなあ(毛利悠子のプラスチックフォレスト第4回)、と充実した住環境に浸りながらまるまる2日を熟睡に費やした。 

サウスケンジントンのご近所の景色。街路灯がかっこいい。(ほしい。)

ベッドの中で、昨年のニューヨーク滞在時の日記を読み返す。なんだかちょっと切なくなって涙がぽろり……、というのは冗談としても、でもずいぶんと苦労はしてたな、としみじみする(苦笑)。日記にすべては書かれていなくても、文字の端々から当時の感情の起伏がよみがってくる。ニューヨーク滞在当初などは、よほどの用事でもないかぎり外出できないくらいの、ほとんどひきこもり状態だったもんな。
そんなこともあって、風邪が回復してからは毎日、朝から晩まで積極的に出かけるように心がけた。
「1日のうちのどこかでV&Aに行く」というのがわたしが今回自分に課したルールで、それさえ守ればあとはどこに出かけてもいい──となれば、実は行きたいところはたくさんあった。ロンドンはこれで5、6回目だけれど、たいていは1週間以内の滞在で、大きな美術館に行くだけで時間切れになってしまっていたからだ。今回は、ホワイト・レインボウでエキシビション・マネージャーを務めるエドワードくんにオススメのコマーシャル・ギャラリーやイケてるアート施設を教えてもらったり、ロンドン在住アーティストであるさわひらきさんの個展のオープニング&ディナーにうかがったり、滞在制作をする予定のカムデン・アーツ・センターの下見に行ったり、ロンドンに長く住んでいる日本人アーティストのケンタロウさんのラーメン・レビューを追っかけてラーメンを食べたり、自分にしてはなかなかのフットワークの軽さをかもしだしていた。さらにその流れはいつしかイギリス国外にまでおよび、パリ・ヴェルサイユ宮殿でのオラファー・エリアソンのコミッション・ワークを訪れたり、ベルリンはハンブルガー・バーンホフ現代美術館でのカール・アンドレ個展やベルリン・ビエンナーレを観にいくまでに至ったのだった。人間って成長するものですね……。
また、今回の滞英中、初めて出会ったイギリスの方にも、横浜トリエンナーレや札幌国際芸術祭、六本木クロッシングなどでわたしの仕事を知ってくださった人がちらほらいて、極東での自分の仕事を観てもらえていたことに驚いたのだった。昨年のニューヨーク滞在で味わった、あの「どこで誰と会っても完全にただの東洋人の女(あんた誰?)」という扱いとは違う。ホント、あれは精神的に堪えた。これがお国柄の違いなのか、アーティストとしての成長なのかなんなのかはわからないが……。いずれにせよ、とりあえずは美術家としてヨーロッパのリサーチ旅行をさせてもらえているわけで、単純にうれしい。もちろん今だって日常生活は完全にただの東洋人の女だけれど、36歳にさしかかろうとする年齢になって、お母さん、わたし、ようやっと仕事らしい仕事を見つけられた感じがしています!(笑)

近所のイタリアレストランのからすみパスタ! ロンドンの食事は本当に美味しくなっていた!

とうふの餃子! ラーメンやさんもたくさんあります。

滞在先のV&Aは、ヴィクトリア時代に開かれたロンドン万博のコレクションを中心としていて、そのかゆいところに手が届くホスピタリティが評価されて今年度ミュージアム・オブ・ザ・イヤーにも輝いた博物館だ。収集品は400万点におよぶ。内容としては、世界中の宗教施設やロイヤル・ファミリーに伝わる装飾品から、庶民の日用品、あるいはエジプト時代のガラスや紀元前2500年頃の中国の翡翠、ミケランジェロの彫刻、初期ロイヤル・コペンハーゲンといった美術品、はたまた坂田和實さんばりの18世紀ロンドンの建物に使われていた鉄の柵、コンテンポラリーであるディオールのドレス……などなどがところ狭しと並んでいて、博物館内を隅々まで鑑賞するだけで本当に1か月かかってしまった。おそろしいことに、さらにもっと深いことを知りたい場合は、別の場所にあるストレージも覗けるようになっている(ただし要予約)。

V&Aのコレクションの様子の一部

V&Aでのリサーチ初日、とにかくなにか知りたいこと、見たいことがあったらそのセクションのキュレーターとアポイントメントをとってあげると、キュレーターのイリーニさんが請け合ってくれた。だが、この膨大なコレクションの海のなかで、わたしはいったい全体なにから手をつければよいのか! 正直なところ、ノー・アイディアだった……。
数年前に大英博物館を訪れたときは、ロゼッタ・ストーンやスフィンクスといった大いなる過去の“盗品”(戦利品というべきか)から出てくるエネルギーだか怨念だかなんだかに見事にアタってしまい、吐き気をもよおしたことがあった。大英帝国の侵略と植民地支配を目のあたりにしたような気がして、圧倒されてしまったのだ(若かったな~)。しかし今、こうしてホスピタリティ溢れるキュレーターの方々のお知恵を拝借できるV&Aコレクションを前にして、いちいち吐き気をもよおすわけにはいかない。むしろ、この過去の歴史が生んだ膨大なアーカイヴに、大きな敬意を払ってリサーチしたいと思っていた。
ふと、建物の入口にある定礎プレートが目に入る。

定礎

1899年5月17日に竣工したという内容なのだが、ここで気になったのが”Her Majesty Queen Victoria Empress of India”という一文だった。Empress of India、つまりヴィクトリア女王は”インドの皇帝”でもあったわけで、だとしたらV&Aはどのようなインドの文物をコレクションしているのか、俄然興味が湧いた。
なぜかというと、それは今年の5月、わたしが南インドのコーチという街を訪れたからでもある。年末に開催される「コーチ = ムジリス・ビエンナーレ」の下見のためだ。細野晴臣さんと横尾忠則さんがつくったアルバム『コチンの月』の「コチン」、と言えば、知っている人も増えるだろう。わたしにとっての初めてのインド体験は、会話の仕方、食事、宗教感、日常会話の内容など、これまで培ってきた経験とはまったく違うOSで動いている感じが衝撃的だった。この地で制作していくにはまだまだなにか手がかりが足りない。そこで始まりはサウス・アジアのセクションからとなった。

話はちょっと変わって、先日、ロンドンのちょっと北部にあるフリージャズ、インプロヴィゼーションを中心に毎日素晴らしい音楽のイベントがあるCafe OTOを訪れた。
この日はデイヴィッド・トゥープさんとエヴァン・パーカーさんによる、レコード視聴のレギュラーイベントが行なわれていた。内容は世界中の民族音楽の再発見というようなテーマのBack 2 Backで、ある意味、湯浅学さんや根本敬さんの「幻の名盤解放同盟」とも共通するような、とても興味深い内容だ。
終演後、やはりイベントに来ていたエスノグラフィ(民族誌)を研究しているらしい日本人女性が、パーカーさんに意見を投げかけた。彼女にとっては、彼らの音楽の捉え方がある種の“暴力”に見える、というような趣旨だった。たしかに、先ほど言ったように、大英博物館に代表される帝国・植民地主義のような文化的支配・被支配に、民族誌を学ぶ彼女のような人は敏感なのかもしれない。ただ、それに対して「暴力」というレッテルを貼って済ませるだけで、その先にある“何か”の議論ができるものだろうか。あるいは「支配されている」とされた人々は、だからといって何もかもが奪われてしまっているのだろうか。なかなか難しい問題だ。トゥープさんやパーカーさんの音楽的実践は、わたしにはなにか、もっと豊かなものに思えたのだ。
他方、コーチを訪れたときにも興味深いことがあった。インドのさまざまな地域から集まった5人のインド人との食事中、お正月の話になった。インドでは、地域によって宗教や言語が大きく違い、なんとカレンダーすら変わるらしい。すなわち、お正月のスタイルもさまざまなようなのだ。で、食事をした5月のその日はたまたまコーチのお正月だった。
「オレんとこの実家は◯月×日だよ」「うちは△月□日だな」なんて会話の中で「ユーコ、日本の正月はいつなんだ?」と聞かれたので「あ? えーっと、1月1日だけど」と答えると、「……いやそれ、単に西洋のカレンダーのマネじゃん(ダッセ~)」とみなに爆笑されたのだった。思わず、「チャ、チャイニーズ・ニュー・イヤーだってあるよ!(わたしはお祝いしないけど……)」と焦って言い返した。
インドはさまざまな国に支配されつづけてきた歴史があるが、にもかかわらず、それら支配者の国の文化や言葉とともに、地域に根付く伝統が共存していることにあらためて驚く。支配する、あるいはされるということは、いったいどういうことなのだろう。わたしの作品に、このリサーチはどのように影響していくのだろう。
とりあえず、太陽暦の1月1日に設定されてしまったとはいえ、わたしにとって日本の正月はいつだって最高だ。

* * *

ヒースロー空港でここまでの原稿を書いた。今日いったん日本に帰り、次の日には台北を訪れる予定。Twitterの画面に「暑い」「だるい」「ばてる」という単語がとびかっていて、ホントに猛暑が怖い……。気づけばここ3年ほど、札幌と青森、ニューヨーク、ロンドン、と日本の酷暑を離れていたんだな……。
あーなんだか、ロンドンはとても楽しかったな……。
あれ、そういやこの1か月、ほとんど手を動かしてないじゃないか……。
そう思うと、だんだん不安になってきた……。

さて、来月からはいよいよ「怒濤の作品制作」編が始まります。

毛利悠子のプラスチックフォレスト[ロンドン編] (1)