毛利悠子のプラスチックフォレスト[台湾とロンドン編] (2)

アーティストの毛利悠子さんの連載「毛利悠子のプラスチックフォレスト ロンドン編」の2回目です。一時帰国をして、アジア特有の湿気と低気圧の中、日本や台湾で呑み食いしてリフレッシュした後ロンドンに戻って制作を開始された模様。普段とは違うスタジオでの制作。重要な素材探しにフリーマーケットや電気屋さんに足を運び、素材に触れることで作品となってゆく過程も伺えます。来月の展示まで残された時間はあと少しのようです!

台湾の車上フルーツ屋さん

東京と台北の猛暑&台風による低気圧から逃げるようにロンドン戻ってきた。
2週間の東京滞在はとても充実していた。ヨーロッパから成田空港に降り立った時にアジアの特有のムワリとした空気が鼻に入りこんできて、懐かしさを感じる。空港からメールで、溜まった仕事をしたり、友達に連絡した。ちょうどホームシックだったこともあり、連日、友達や家族とお酒を呑んだ。そして呑み過ぎによる自己嫌悪というパターンに入っていた(苦笑)。日本食も台湾食も美味しかったな~。たぶん3キロくらいは肥えた。
台湾では、作品の納品作業の他は予定はなかったので、ゆっくりと街歩きをした。途中、TKG+というコマーシャルギャラリーで、高嶺格さんの新作展とウ・ティエンチャンさんの前回のヴェニス・ビエンナーレで展示した作品展の再現があったので、寄ることに。この2つの展覧会がよかった!
高嶺さんの新作は、《鹿児島エスペラント》を思わせる小さなスポットライトを使って床を映していく形態のものなのだが、今回のはさらにシンプルかつ強いインスタレーションになっていた。カポエラ(?)をしている兄弟になぞるように、2つの紐に吊られた照明がくるくるとモーターによってシンクロしながらまわっている。どうやら紐はのびたり、縮んだりと制御されているようだ。たまに照明が床につく。その単純かつ複雑な構造にしばしうっとりと見つめていた。驚いたことに、その照明の正体をつきとめるべく近づいてみて見ると、それはただの空き缶だった。これにはやられた。ウ・ティエンチャンさんの個展の再現は、初めて観たのにかかわらず、身体の奥底にある故郷の懐かしさや、まったく知らない人の郷愁を追体験できるような、不思議な作品で素晴らしかった。この2つの展覧会をみて、自分もこれからも、丁寧に制作しようと心がけた。
友達、食べもの、仕事、インスピレーション、すべて充実した2週間だったが、低気圧と湿気がキツかった。どこかの記事でこの2つは身体に悪影響を及ぼすと書いてあるのを読んだことがあるが、これには実感がある。ヨーロッパとちがってあきらかにダルいのだ。台湾には、街のあちこちに麻油鶏を食べられるところがある。これはストリートフードの一種で、お酒や漢方スープにつけた鶏を、お好みによっては麺と一緒に食べるのだ。真夏の暑い日でもお店はいっぱいで、みんな汗をかきながら食べている。このスープを少しいただくだけで、夏バテが抜けていくのがわかる。だがまたすぐに身体がだるくなってくるので、低気圧というのは途方もなく大きなエネルギーだな、と思うのであった。

後ろ髪をひかれながらも、ロンドンに帰る日が来た。でもちょっとこの気候から逃げられるのは嬉しくもあった。しかしながら、いざ、出発する日に台風19号が成田へ直撃。横殴りの嵐のなか、隙あらば飛びだとうとするブリティッシュエアウェイズのジャンボジェットは、ゆらゆらゆれながら3時間も滑走路で待機していたのだった。飛行機の中にいた時間を加えると、ブラジルに行けてしまうくらいだ。ヒースローについた頃には本当に疲れはててその日は空港近くのホテルに泊まることにした。
さぁ、次の日からはきっと素晴らしい秋模様で、過ごしやすいぞ、と思ったのだが、今年のロンドンは100年ぶりの猛暑。通年1、2日しかない30度近い気温が9月半ばになっても続いている。メトロもバスも家もスタジオも当たり前のようにエアコンがないので、アジアとはまた違った猛暑体験をすることになるとは……。

台風の低気圧の雲を飛行機から

そんな気候ごときに身体の状態を左右されながら、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館からカムデン・アーツ・センターに移動したころ、なんだか気持ちがそわそわと焦りはじめていた。
この得体の知れないそわそわには、不安定状態にさせられるというか、冗談抜きで突然「自分の人生はロクでもない」と思ったりしてしまうもので、理不尽極まりない期間だ。そんな負のスパイラルになって、もがくしかなくなったり。

話はちょっと飛びますが、作家活動って複雑そうに見えて、とてつもなくシンプルなことなんだと思う。というのも「つくる」ことをひたすら続ければいいからだ。かつて「作品をつくる=特別なことをしなければならない」と思っていた時期は、なんだか手がつい動かなくなったり、難しく考えすぎたりしていたけど、あるきっかけで「作品をつくる=仕事」と考えるようになってから、気持ちがシンプルになった記憶がある。
この焦りというのは、単に明らかに手仕事をしていなかった不安から生まれたものだった。
それを自覚してからは、スタジオに通っては道具や素材を触るようにした。それは、将来の作品につながっていくようなものモノも、そうでないモノも含めて、とにかくドローイングをするようにつくっていった。
カムデン・アーツ・センターで私が借りているスタジオは、およそ100平米で天井高が7メートルくらい。そこに大きな窓が3つあって、自然光もたくさん入ってきて気持ちがいい。屋根裏へと続く螺旋階段もある。東向島にある私のスタジオもけっして小さくはないのだが、この天井高がない。古いビルの1階のテナントで、天井高はおよそ2.7メートルの純和風だ。ロンドンのスタジオに移って、意気込んでいた私はさっそく、技術スタッフのスコットさんにお願いして(彼らの対応は迅速で本当に助かっています)、作品用の木製のパネルや什器をつくってもらったのだが、それをスペースに置いてみて、愕然とした。この天井高にぜんぜんみあわないサイズだったからだ。日本のクセが出てしまったんですね。もっと目を見開いてみると、これは全くいままでの作業場とは違う体験というに気づきはじめる。とざされた目では、気持ちがよい独特な自然光も、天井が高い場所の音の反響も見逃してしまいがちだ。

カムデンアーツセンターのスタジオ

材料もまだまだ足りない。ロンドンには東急ハンズ、秋葉原、ドイトという私の3大構成要素もないので、イチから探さなくてはいけない。
材料を探しているときは、楽しい。ロンドン市内の週末などにやるアンティーク・マーケットはなんだか付加価値がついちゃって、実はあまり魅力的ではない。どうやら、だいぶ西側のチスウィックスクールの校庭で月いち開かれているフリーマーケットが良さそうだったので、ふらっとひとりででかけてみることにした。そうしたら、最寄り駅には急行電車がほとんどとまらず、実に行きにくい場所だった。しかたがないので途中からタクシーで向かい、こんなにお金をかけていったのに、どうしようもなかったらどうしよう、という思いとは裏腹に、そこは素晴らしいインスピレーションの宝庫だった。あっという間に両手いっぱいにモノを収集した。他には、こちらのホームセンターの大雑把なDIY用品意外のモノの必要だったので、建築模型系の材料屋さん、ラジコン屋さん、電気屋さんに行ったりなど。短期間に何度も通っているので、それぞれの店員さんともすぐに仲良くなれた。あと、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館のオフィス空間には結構もう使われない素材が溢れているのにも注目している。出会いは突然にやってくるものだ。
ついでに今週末はバルセロナとビルバオに行くことにした。主な目的は材料集め。2012年のバルセロナ滞在の時のエンカンツ(巨大フリーマーケット)が急に恋しくなって、チケットを取ってしまった。

なんだかんだそんなことしてたら、もうひと月ちかく経ってしまっていた! がーん! あとひと月しかロンドンにいられないではないか!

来月の頭には、ロンドンのフリーズ・アート・フェアがはじまる。それにあわせてカムデン・アーツ・センターもイベントをすることになっていて、私もそれに合わせてオープン・スタジオをすることになっている。まだ具体的に何をみせれるか、出てきていない。どうにかアイデアのエキスを絞り出していきたい。
素材を触っていると、脳みそが明らかに活性化していくのがわかる。この調子でもう少しペースをあげて制作していこう。今のこの仕事している状態を心から楽しいと感じている。これを一生続けられるのであれば、どんな努力もしたい。24時間ずっと考えていられるくらい飽きないし(たまに悪夢にうなされることはあるが・笑)。たぶん自分はその刺激が続けられないと、つらくなるような、一種の中毒状態なんだと思う。

毛利悠子のプラスチックフォレスト[台湾とロンドン編] (2)