「散種」のためのノート

 レディメイドと《大ガラス》の制作時期は重なっている。ふたつの作品には、何かしらの関係があるのかないのか、というのが今回の展示の発端だ。
 デュシャンの作品自体に、そのヒントらしきものがあるにはある。彼のポータブル作品《トランクの箱》の中心に位置する《大ガラス》のミニチュア(!)の脇には、三つのレディメイドのミニチュアが添えられている―上から《パリの空気》、《旅行者用折りたたみ品》、そして《泉》。一説によると、デュシャンはそれぞれ、《大ガラス》における花嫁の層、上下を分かつ境界線(ブライダルドレス……着るもの=脱がしてからが“本番”、あるいは“用事”が終わったら着せる、という共通項? 笑)、そして独身者の層に対応させたらしい。1963年、パサディナ美術館で開かれたデュシャンの大規模個展において、キュレーターであるウォルター・ホップスは、この《トランクの箱》をリファレンスにして三つのレディメイドを上下に並べるという、とてもキュートな展示をしている。

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 レディメイド作品が、デュシャンのスタジオに吊られるかたちで配置されていたのは有名な話だ。これまた一説によると、デュシャンは、吊るされた物体と、壁や天井に映るそれらの影とのあいだに、3次元と2次元との関係を見ていたらしい。つまり、物体の影は3次元のモノの2次元への射影である、というわけだ。プラトンの洞窟の比喩のようにイデアリスティックな逸話だが、ここからデュシャンは、われわれが生きる3次元世界は4次元世界の射影の結果であるという論理を展開する。

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 ところで。大学院時代、時間を持てあましていた私は、ぶらぶら散歩ついでに博物館や資料館をよく見てまわった。その時に出合った《地震動軌跡模型》が脳内にセンセーションを起こしたことは、生涯忘れないだろう。これは、明治20年1月15日地震(1887年)をモデルに、地盤における任意の点が一定時間の振動によってどのように位相を変化させたかを、針金を曲げて表現した模型―つまり、4次元世界(時間)の3次元への射影―である。19世紀後半のものなので当然ながら人間の手に拠るもので、精密な測定器やコンピュータによるモデリングとは違う、模型自体の持つ情報量の多さに、私は驚いた。また、人間の手による雑味は、とてもユーモラスに見えた。
 そしてもうひとつ、やはり大学院時代の散歩中に観た《遠近法実体模型》のほうは、2次元に表現された3次元空間概念を3次元模型化するというややこしいものであり、これも大真面目にユーモアを実践しているように感じられた。ちょっと話はズレるが、高松次郎さんも、そういったところに惹かれて《遠近法の椅子とテーブル》を制作したのではないだろうか。
 デュシャンの未刊行のメモをまとめ直した《不定法にて》のかなりの部分が4次元と遠近法に関する内容であるため、上記2点は、今回の展示にふさわしいと考えた次第。

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 このようなことを述べるのはさすがに畏れ多いのだが、デュシャンと同じ稼業(?)に就く者の“勘”として、同時期に作られた2種の作品が、まったく何の関係性も持たないとは考えづらい。実際、《トランクの箱》で他ならぬデュシャン自身が二つの関係性を仄めかしているではないか。そのようなわけで、《トランクの箱》、そしてパサディナの展示に倣い、制作から100年を寿ぐ今回の展示シリーズのなかで散々もてあそばれてきた《泉》(の複製)を、おもいきって《大ガラスのなかに放り込むことにした。
 方法は、デュシャンとは真逆である。(今回は)2次元である(と定義したうえで)《大ガラス》を3次元化し、鑑賞者が歩いて観賞できるようにしてみた。つまり今、あなたがた鑑賞者はすでに《大ガラス》のなかにいる。厚み(ここでは高さ)を持った《大ガラス》を歩く意識 – 体験は、現代的にいえば平面の地図とGPSとの関係であるとも言える(このあたりの発想は、上妻世海さんとの議論に助けられました)。大ガラスの中味の雑味が目立つのはこの際お許しいただくとして、少なくとも枠自体は立派な《大ガラス》である。そこにパサディナよろしくレディメイドを脇に添えてみる。すると、この空間自体が《トランクの箱》をも再現してしまう。
 厚みを持った2次元(=3次元)は4次元の射影である―ここから、4次元と3次元の関係がなんとなく感じられないだろうか。

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 展示にはさらにジェンダーをめぐる要素も入ってくるのだが、依頼された文字数をすでに大幅にオーバーしているので、あとはみなさまが展示をご覧になりながらお考えいただければと思う。ひとつだけ言えるのは「われわれアーティストはみな、デュシャンが散種した精子による子どもである」ということではあるのだが、男の子っぽいデュシャンには、クィアの要素こそあれど卵子の要素がないような気も、私にはするのです。

2017年12月8日
毛利悠子

「散種」のためのノート