移動について

 自分を変えたかったら、環境を変えることが一番手っ取り早い。引っ越したり、仕事を変えたり。つまり枠組みを変えることだ——これは数年前、ダラダラと続けていたアルバイトをすべて辞めて、無理やりフルタイムで美術活動に打ち込もうとしたとき、友人にいわれた言葉だ。しかし、30歳もとっくにすぎてお金もないのに、バイトを辞め、住む場所を変えることなんてできるわけもなかった。とにかくお金をかけず、生活を変えることはできないものか……。お金はなくとも時間はもてあますほどあったので、引っ越しは無理だが、その時間を「移動」に替えることにした。新しい作品についてはとりあえず考えなくても、とにかく仕事を求めて「移動」が必要だ。 「移動」はいい。毎日、知らない道を一本通るというお題を自分に課したとしても、終わりがない。なにより、半径30キロメートル以内に、これから一生分をまかなえる自分の仕事が充分あるようにはどう考えても思えなかった。

 日暮里に引っ越して今年で10年目になる。山手線日暮里駅の外側、常磐線の三河島駅とのちょうど中間あたりに位置するわが家は、繊維街から一歩入り、ボタンやカバンの卸売、古布からつくるウエス屋などの並びにある。卸問屋が集まる地域だからか、庭をもっている家はほとんどなく、集合住宅か、一階が駐車場になっているいわゆる合理化された建売一軒家ばかりだ。自慢できる街並みとは決して言えないが、日暮里は「移動」するのには便利だ。成田空港までは京成スカイライナーで36分。羽田空港までは自動車で30分。東京駅までは山手線で15分。上野駅までは4分で行ける。とにかくどこか遠くに行くのにこれほど便利な場所はないといっても過言ではない。渋谷や新宿、吉祥寺に行くときのように、満員電車+乗り換えという最悪なコンビネーションによって気持ちが億劫になることがなかった。
 そんな場所にいるせいか、アルバイトを辞めてから5年ほど経ったいま、「移動」が急速に増えてきた。今年1月は、関西をぐるりとまわったあとにオーストラリアとニュージーランド、パリとロンドン、札幌にでかけた。自律神経が若干おかしくなってきているものの、やはり「移動」の話があれば、はい!と二つ返事ででかける。

 昨年11月には1週間ほどキューバを訪れた。はじめてのカリブ海にもかかわらず、直前まで仕事が詰まっていたためなにひとつ準備ができず、出発直前になって気候と電圧だけを調べて羽田へ向かった。カナダ経由で入国したキューバで見たものは、モヤのような、くすんだヴェールだった。褪せた街並みから押し寄せる大きくて静かな波動状のオーラ(?)が絶え間なく続く感じ。気候と時間が違うので頭はまだずしりと重く、思考は働かない。空港からホテルまでのタクシーで、その正体をさぐりながら窓から外の景色をゆっくり眺めた。
 それは、インスピレーションだった。普段はそれを獲得するために四苦八苦しているものだが、この街ではむしろ、インスピレーションのほうが積極的にやってくる。目に見えてくるもの、聞こえてくるもの、匂い、湿度、すべてが緩やかに何かを作りたい気持ちにつながってゆく。この感じは、昨年だけで結局3度も通うことになった南インド以来だ。
 インターネットが使えないハバナでは、iPhoneはただの時計と化した。久しぶりにグーグルマップにたよらず、地図を片手に、ボロボロになっている街並みの店をのぞいたり、気さくな人たちと話したり、モヒートを飲んだり、突然はじまるバンドの音楽を聴いていると、すべての出来事がシームレスに続いていることをあらためてまのあたりにする。そして、この持続する状態がヴェールのように揺れながら、こちらを誘惑するのだ。このヴェールとは「移動」が生みだすオーラのことなのかもしれない。この旅では、ゆらめきながらこちらに向かってくる魅惑の正体を、オフラインの国から教えてもらうことができた。
 帰りの飛行機では、映画を見ず、窓からの景色を眺めることにした。向こう側に、自分が乗っている飛行機と並行して飛行機雲が見える。しばらく見ていたらその行き先の方角がわかるかもしれないと、目を見張った。すると雲の先が飛行機に徐々に近づき、ついにわれわれの飛行機はその雲のラインをくぐり抜けた。並行だと思い込んでいた飛行機雲は、実は垂直だったのだ。私は、いままでの「移動」で見逃していたであろうインスピレーションの大きさに、愕然とした。

移動について